【吹奏楽名曲紹介】トリトン(長生 淳)

「トリトン」ざっくり解説

「海をテーマにした名作」

「トリトン」は、東邦音楽大学の学園創立70周年を記念して長生先生が作曲した吹奏楽作品で、最近では「〜デュアリティ」・「〜エムファシス」がコンクールでもよく演奏されるようになりました。

全曲版は三楽章構成になっていて、1楽章では「若者が旅立つ社会の荒波」を、2楽章は「母なる海を思わせる学園の安らぎ」を、3楽章では「社会に出て行く若者への応援歌」を表現した、大変ドラマティックな作品です。

「トリトン」という題名は、「海」を想起させるだけでなく、「トライトーン」すなわち「三全音」(音と音との間が全音3つ分)との掛け言葉になっており、1楽章ファンファーレから三全音の跳躍である「増四度」のパッセージが繰り返し現れる仕掛けになってます。

「トリトン・デュアリティ」は1楽章と2楽章をメインにした「二面性」を押し出した作品、「トリトン・エムファシス」は「学園から社会に出て行く若者を応援する」というコンセプトを強調した作品です。

「若者への応援歌、芸術としての吹奏楽を味わう」

「トリトン」の魅力はやはり、長生先生の「静」と「動」の対比と緻密なオーケストレーションによる独特の響き、そして何度聞いても飽きの来ない美しい旋律にあります。

荒々しい1楽章の後に現れる、安らぎの2楽章と、若者への応援歌という3楽章の旋律は特に、聞いている人たちの涙腺を刺激するものとなっております。そのメロディが歌い紡ぎ出されていく感覚は、長生先生ならではのものです。

現代的であり技巧的でありながらも、音楽の美しさを聞き手にも、奏者にも感じさせてくれるこの作品は、ぜひ幅広い年代で演奏していただきたいです。

「トリトン」の名盤・名演

国内初収録の「トリトン」全楽章 文教大学吹奏楽部 佐川聖二指揮 カフアレコード

国内で唯一の全楽章が収録されたCDで、後述する「トリトン・エムファシス」で全国大会金賞を受賞した、文教大学と佐川聖二氏によるライブ盤です。作品の全体像を知るという意味では有意義な一枚だと思います。

実力あるバンドで、2楽章での佐川先生特有の歌いこみはさすがです。若々しい大学生と練り上げられた佐川先生の表現が美しい名演です。

「長生作品の新しい魅力を発見!」2012年 文教大学吹奏楽部 佐川聖二指揮 金賞(トリトン・エムファシス)

コンクールで取り上げられる「トリトン」の派生作品の演奏で筆者がもっともオススメなのが文教大学による「トリトン・エムファシス」です!「知的」で「技巧的」なイメージだった長生先生の作品が、「ここまでエモくなるのか!」と驚いた記憶があります。

荒れ狂う波を思わせる強弱の付け方、スキの無い全ての瞬間が美しいサウンド、細かく味付けされ涙腺を刺激する主旋律と感動的なフィナーレ、「これぞ名演!」と思わせる演奏です。

佐川先生の指揮と一緒に楽しみたい方はこちらをどうぞ!勉強になる映像です。

「若さあふれる好演」2011年 富山県立富山商業高等学校 鍛治伸也指揮 (トリトン・デュアリティ)

筆者が初めて「トリトン」に出会った曲で、個人的に好きな演奏です。2010年に市立柏が金賞を受賞していますが、2011年の富山商業の演奏も素晴らしいです。

超難曲に向き合いながらも、アグレッシブで若者らしい演奏でかなり好きな演奏の一つです。特にソプラノサックスの個性が光っており個人的にはかなりオススメな演奏です。

ちなみに、この大会の音源CDには幕張総合の紺碧の波濤、精華女子の宇宙の音楽、愛工大名電の祈りの鐘、高輪台のイーストコーストなど、大変内容の濃いものです!

「中学生?????」2017年 豊中市立第十一中学校 橋本裕行指揮 金賞(トリトン・エムファシス)

「中学校の部のレベルもここまで来たか!」そう感じさせてくれる名演です。とにかく、各パートのトップを中心によく吹けてる印象を受けました。そして、随所に工夫がされていて、中学生でもしっかりと作品を仕上げている点において本当に感心させられる演奏です。

学校教育という場において長生先生の「トリトン」を選ぶというのは非常に意義深いことですし、こういった現代の芸術的な音楽作品に向き合うことの素晴らしさを考えさせてくれる演奏だと思います。少なくとも「サロメ」を演奏する学校よりは好感が持てますね笑。

演奏について 〜読者の皆様から〜

音大委嘱作品のアカデミックな難しさ

まず第一に、音楽大学からの委嘱作品であるということは演奏する上で頭に入れておきたい事柄です。つまり、いわゆる中高吹奏楽部向けに作られた技術的に「甘えられる」楽譜ではないということです。

この曲の演奏には個々の奏者にしっかりとした基礎力と、各パートのトップ奏者のしっかりとした表現力が求められます。木管楽器特にサックスにスタープレイヤーがいるとまとまりやすいかもしれません。

また、「トリトン」という表題の元になっている「トライトーン」つまり増四度が多用されるため、正確なソルフェージュ能力も問われます。全編を通してテクニカルなパッセージが多いです。

バンド全体のイメージと解釈の共有

トゥッティでの強弱の幅も大変重要で、バンド全体でまとまり計算された強弱表現も必要ですので、楽器運用能力の高さと指揮者やトレーナーの技量が問われる曲です。

演奏をしていく中で魅力をじわじわと感じられる長生先生の名作の一つですので、じっくりと味わって取り組みたい作品です。